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福岡高等裁判所 昭和53年(ツ)10号 判決 1978年5月29日

上告人 原勝義

被上告人 ブリヂストンタイヤ西九州販売株式会社

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告理由は、別紙記載のとおりである。

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、本件賃貸借契約は、民法第三九五条但書に準じ解除請求の対象となるものと解するのが相当である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

よつて、本件上告論旨は理由がないから、民事訴訟法第四〇一条により本件上告を棄却することとし、上告費用の負担につき同法第九五条本文、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高石博良 鍋山健 原田和徳)

上告理由

原判決には農地法及び、民法の解釈適用を誤り、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背がある。

一 原判決は、本件上告人原の賃貸借は長期のものと認定し、これは被上告人の抵当権設定後に締結されたものであるから抵当権に対して対抗力をもたない賃貸借であるとして、右抵当権に基づく競売事件においては、賃貸借は存在しないものとして無視し進行しても差支えないものと判示しながら、さらに本件については特に農地法第三条二項一号により、上告人原のみしか競売事件における所有権取得適格証明が交付されず、これが本件競売手続における競争競売を阻み、対抗力ある賃貸借がある場合と同様、被上告人に対し損害を及ぼす結果をもたらしていることが認められるとして民法第三九五条但書に準じ解除請求の対象となりうると認定して被上告人の請求を認容した。

二 しかし、これが不当であることは次の理由から明白である。

(一) そもそも、農地法はその耕作者自らが農地を所有することを最も適当と認め、耕作者の農地の取得を促進してその権利を保護し、併せて土地の農業上の効果的な利用を図るためその利用関係を調整し、もつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図ることを目的として制定されたのであり、この立法趣旨に則つて立法がなされ、今日までその旨の解釈適用がなされているのである。

(二) そこで、右趣旨を徹底させるため、一般法たる民法に対して農地法は強行法規たる性格をもつ特別法と解され、これに伴い農地法は農地に関する物権並びに、利用権の設定得喪変更は、すべて県知事もしくは、農業委員会の許可を効力条件とし、さらに、賃貸借(小作権)の解除についても同様農地法第三条、同第一九条、同第二〇条でその旨の定めをなし、これに反する契約は効力を生せず、無効とされているのである。

(三) 従つて、本件事案におけるような場合、農地法の規定上同第三条二項一号によれば、上告人原以外の者には当該農地の所有権取得適格の許可を与えてはならないことになつておるが、これは即ち、特別法たる農地法が民法上の抵当権に加えた農地法による一種の法的制限とみるべきであり、これによつて生ずることあるべき抵当権者の不利益は、民法第三九五条にいう短期賃貸借の場合とはその法的根拠が異なり、農地の特殊性に基づき、農地法が直接当該小作人に付与した農地法上の権限に外ならないのである。

(四) 従つて、民法第三九五条本文により、抵当権者に対抗できる短期賃貸借権者が同条但書によつて、その保護が解除される場合があるとしても、それは民法の枠内での問題であり、農地法に因つて小作人に与えられたいわゆる民法外の権限に対し、民法がこれに関与し、農地法に権原するその権利を民法によりそれを剥奪することは出来ず、民法がその法的根拠となり得ることはありえないのである。

(五) しかも、民法第三九五条による解除の請求の場合の抵当権に損害を及ぼすかどうかの判定の要件としては、抵当不動産の上に競落人に対抗することのできる賃貸借が成立したために競売価格が低下し、抵当権者が被担保債権の弁済として取得しうる額が減少することが、要するに、抵当権者に損害を及ぼす、ことが必要である(我妻民法講義担保物権三四六頁以下)ところ、この要件自身も充足してないのである。

しかるに、原判決は、その理由二、の末尾結論部分において「そしてそのため後記のように本件賃貸借が競売手続における競争競売を阻み、対抗力ある賃貸借がある場合と同様、根抵当権者である被上告人に対し損害を及ぼす結果をもたらしていることが認められる。右のような状態は対抗力のある短期賃貸借につきその解除を求めうるのに比し甚だしく不合理な結果を来すことはいうまでもない……」と判示して、どうしてこれが前記解除請求が認められるための要件である競落人に対抗することのできる賃貸借の成立と同視できるのか、何らの理由も付せず、競落価額の低下のみに着目してこれを単純に認容しているのであり、その理由を是非知りたいものである。

しかも、民法第三九五条の短期賃貸借が対抗問題であるのに、本件は対抗問題ではないのである。

(六) 従つて、本件はあくまで農地法の枠内で解釈処理されるべき法律問題であり、民法第三九五条の適用ないし、準用はありえないのであるのに拘らず、被上告人掲示の高松高裁の判決に迎合し、競売申立人の追及する利益の擁護と行政上の実務上の取扱いの便宜さ、そして、運用上の都合からのかかる判示は農地法と民法の解釈適用を誤つて農地法を死文化し、改廃するが如きは許されるべきでない。

(七) 農地に関する物権の得喪変更につき、抵当権に関して農地法は何らの制限をも加えていないが、同法第三条二項一号によれば、競落人の資格を制限する形において農地の担保価値を拘束する反面、同法第三三条等によれば、担保価値の下落からの保護をなし、民法の特別法として農地法は意識的に抵当権に対しかかる形の制限を加えて、抵当権者と小作人間の調整を図つているのである。

従つて、農地につき担保権者となるものは、かかる農地法の定める制限下にその担保価値を把握すべきであり、又これを把握して来たものである。

しかるに、現今の土地需用の要求、地価の暴騰は農地の宅地化を要求し、これと共に農地法の予定した担保価値を超えて膨張し、個別抵当権者の設定当初の予想と現実の競売手続における価額との差(農地としての評価と宅地化したときの評価との差)が生じたために、かかる請求になつたものと考えられるが、この差ないしは、損害は仮りに発生したとしてもこれは農地法の趣旨に則り、当初の農地を農地として担保権設定したる事情に照せば、法律上のいわゆる損害ありとはいえないと考えるのであり、現実の農地をそのまま農地として評価した現実の競売価額がその農地の担保価値であり、二つの評価はありえないのである。

だから、本件の場合は農地法第三条二項一号により付与された小作人の権利を民法第三九五条但書により剥奪されることはなく、農地法によつて与えられた小作人の権利行使に伴う抵当権者の損害防止は農地法の定めるところによりこれを救済すべきであり、これは即ち、農地法第三三条の規定により被上告人はその措置を求めるべきものである。

(八) なお、上告人原は生来の農業従事者であり、本件農地は是非欲しいとの意向をもつており、農地としての適正なる価額であれば勿論これを購入し、これを引続いて農地として利用したい意向は第一審当初から強く持ち続け、これをうつたえている者であるところ、本件競売最低価額の如き宅地並みの競売価額では到底競落不可能だし、又、仮りに借入れ等して購入しても、その金利負担増から農地としての採算は合わないし、といつてこれを不動産業者の如く宅地化して利用するつもりは全くないのであり、もし、原判決の如き農地法を改廃するが如き判示をもつて現に農業に従事する者からこれを奪取するならば、これは即ち、農地法立法の趣旨の機能は没却され、徒らに農地が商業資本に汚染され、これがいけにえとなるのみであり、かかる農地法の解釈適用は絶対に許容されるものではないと思料する。

農業従事者と農地の担保権者の利害の調整を図り、その保護救済をするのが農地法第三三条以下の規定であり、これがすなおに機能する事案である。

ともあれ、上告人に説明でき、納得する判決を是非お願いいたすものである。

(九) 以上の次第であり、被上告人は本件解除請求を求める法的根拠はなく、原判決は農地法、民法の解釈適用を誤つた違法があり、破棄を免れない。

以上

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